フラメンコ・スター物語〜栄光のディスコグラフィー〜中谷伸一<フリーライター>

 

十代からの活躍も多い早熟のフラメンコ・スターのキャリアは長く、その作品は一人のアーティストに限っても、ときに相当な数に昇る。ライヴを見て気に入り、アルバムを買ったものの、今と芸風が違ってアテが外れた、という経験はないだろうか。そんな時に役立てる、アーティスト別「名盤カタログ」のような形を、1983年創業のアクースティカが長年蓄積した豊富な資料を基に目指そう、というのが本コーナーの遠大なる野望である。全国津々浦々のアフィシオナードの皆様、求むご意見、叱咤激励!

【第4回】 カマロン・デ・ラ・イスラ「没後25周年記念ディスクガイド」
約25年前の1992年7月2日、「フラメンコ界のミック・ジャガー」と称され、幾多もの伝説に彩られた20世紀最高のカリスマ・カンタオール、カマロン・デ・ラ・イスラが、わずか41年7ヵ月弱の短い生涯を終えた。ことし2017年はその25周忌となるメモリアルイアー。「ラ・レジェンダ・デル・ティエンポ('79)」「コモ・エル・アグア('81)」「ソイ・ヒターノ('89)」といったフュージョン系の派手な代表作に隠れがちな、珠玉の名盤の数々を、この機会に一挙ご紹介させて頂きたい。
 

【サビーカス共演も! パコ・デ・ルシアとの黄金期/1968年〜】

1 Flamencos Grupo Flamenco Antonio Arenas(1968/1971) 市販デビュー盤を含む2枚のカップリング。収録時はギタリストのアントニオ・アレーナスのクアドロに所属。トゥロネーロや同郷チャト・デ・ラ・イスラらとのオムニバスだ。カマロンはブレリア、ソレアなど計4曲。誕生日は1950年12月5日なので、その早熟ぶりが際立つ。
2 SABICAS la historia del flamenco(1969)  巨匠サビーカスが当時のスター歌手達を伴奏する企画。ラファエル・ロメーロやソルデーラといった大先輩に物怖じしない10代後半のカマロン。若きケヒオが爆発するブレリア、ファンダンゴとも素晴らしい。

3 Al verte las flores lloran(1969)  記念すべきソロ第一作目。生涯にわたるパコ・デ・ルシアとの共演の始まりでもある。原題は「El Camarón de la isla con la colaboración especial de Paco de Lucía」。冒頭のブレリアでいきなり若き天才コンビの規格外ぶりが歴然。かの有名な「una estrella chiquetita」も収録。
4 Cada vez que nos miramos(1970)  パコ共演2作目。ソレア、グラナイーナ、ロメーラ、タラント、シギリージャなど、古い愛好家が狂喜しそうな渋いパロ(曲種)がズラリ。ファンダンゴい任蓮峅兇魯ぅ好蕁文龍織汽鵝Ε侫Д襯淵鵐匹梁称)生まれ/母さんはフアナ/父さんはルイス」と、カマロンの出自が唄われる。
5 Son tus ojos dos estrellas(1971)  パコ共演3作目。ペテネーラ、ミネーラ、ソレア・アポラー、ポロに本作では挑戦。天才二人を甘やかさず、毎回違った曲種を叩き込む、プロデューサーでパコの父アントニオ・サンチェス氏の厳格な方針が見事。
6 Canastera(1972)  パコ共演4作目は、表題のカナステーラを筆頭に、ファンダンゴ、アレグリアス、シギリージャ、ブレリア、カルタヘネーラ、ベルディアーレスなど、全編ノリにノった粒揃いの名演。「ビバラフベントゥ!(いいぞ若いの!)」と飛ぶハレオ。同年パコは大ヒット作「二筋の川」を発表。
7 Caminito de Totana(1973) パコ共演5作目。タラント ▲屮譽螢↓ァ▲侫.鵐瀬鵐喚Δ秀逸。コンビ二人の成熟度が進んだ印象。金床でコンパスを刻むマルティネーテが珍しい。パルマにカマロンが師と仰ぐペルラ・デ・カディスが参加。
8  Villancicos(1973)  当時シングル発売のビジャンシーコ4曲をパコやラモン伴奏で収録。後年「Nochebuena gitana con CAMARON,PACO DE LUCIA(1994)」で再編集され、マカニータ3曲、フェルナンド・デ・ラ・モレーナ2曲を追加収録。
9  Soy caminante(1974)  パコ共演6作目は、前作「Caminito de Totana(1973)」と同一ジャケット写真が使われ間違いやすい。灰色が本作、赤が前作。ブレリアはカマロンの闘牛士願望と挫折体験が赤裸々に唄われ、思わず笑いを誘う。
10 Arte y Majestad(1975)  パコ共演7作目。親交の深い名闘牛士クーロ・ロメーロに捧げた表題曲┐筌織薀鵐箸領鮖砲魃瓦辰伸Α▲淵櫂譽ン侵攻も阻んだ故郷イスラを讃えるカンティーニャなど、充実の内容。同年独裁者フランコ死去。
11  Rosa María(1976)  パコ共演8作目。伝統曲を血肉とした二人が、いよいよ強烈なオリジナリティを発揮。カマロンはリズムに詰め込むような早口ブレリアをスタート。パコは同年発表の「アルモライマ」のフレーズを随所に輝かせる。
12  Castillo de Arena(1977)  パコ共演9作目。後年トマティートとライヴ演奏する,離屮譽螢◆屮汽泪蕁廚筺▲Α璽匹鮖箸辰織侫紂璽献腑鵐謄ぅ好箸離織鵐喚、表題曲Δ離屮譽螢△箸いぁ∪篦佐へ突入した天才二人の演唱は今聴いても新鮮だ。

【フュージョン新時代〜トマティートも伴奏に/1979年〜】

13  La leyenda del Tiempo(1979)  “フュージョンの金字塔”とされる名作だが、当初のセールスは散々だった。キーボードにドラム、フルート、シタールを楽隊に加えた「フラメンコ・ポップ」は、伝統重視のストイックな作風から激変。ロルカの詞も難解で、返品客が列をなしたとの逸話も納得。ギターのトマティート、プロデューサーのリカルド・パチョンが、本作から「カマロン組」に加入。

14 Como el agua(1981)  再びパコを1stギターに迎え(2ndはトマティート)、ぺぺ・デ・ルシアが作詞担当した表題作,大ヒット。キャッチーなリズムに詩情豊かなレトラの力も大きいが、アルバム自体もブレリア3曲、タンゴ2曲と完全にノリ重視のラインナップ。ソレアとシギリージャの採録が無いのも特徴的。
15 Calle Real(1983)  ブレリア4曲、タンゴ系2曲、ファンダンゴ、ルンバ各1曲と再びノリ重視の構成。聖地アロスノを唄うファンダンゴイ筺▲襯鵐亅А屮ミナンド」は人気の名演。ベナベンのベースとルベンのパーカッションの扱いにセクステット色が覗く。ブレリアの〆「マチャカ、マチャカ…」も披露。
カマロン ビビレ16  Viviré(1984)  オーケストラと共演したシギリージャ以外は、ブレリア、タンゴ、アレグリアス、ルンバのアップテンポ路線が継続。タイトル曲「ビビレ」は疾走感満点の高速ブレリア。フルートのホルヘ・パルドも加わり、パコセクステットにカマロンが参加したようなフュージョン・バンド色が濃厚。
17  Te lo dice Camarón(1986)  カマロンの黒いヒターノ性がドロリと溢れた衝撃作。パコから離れ、母フアナの死もあったせいか、アントニオ・ウマーネスと共同クレジットのレトラも、深い内省と厭世観に満ちたもの。パルマのみのブレリアが辛うじて希望があるが、ヌディージョのみのソレアГ歪賁気靴飽鼎恐い。
18  Flamenco vivo(1987)  初の公式ライヴアルバム。1977〜79年のアンダルシア各地でのフェスティバル会場で収録。スタジオとは違うトマティートの動物的グルーヴに、カマロンも本領発揮。ブレリアでは「ビエホムンド」「サマラ」が唄われ、レトラの自在な連結パターンや、熱狂する観客の多彩なハレオも興味深い。
ソイ・ヒターノ19  Soy Gitano(1989)  英ロイヤル・フィルハーモニック・オーケストラ&ビセンテ・アミーゴとの共演、人気歌手アナ・ベレンとのルンバ――と明るい話題満載だが、ブレリアス・ポル・シギリージャぁ峅兇生きているか死んでいるのか、人がウワサする」とのレトラが不吉。カマロンの健康は悪化の一方だった。
ポトロ カマロン20  Potro de Rabia y miel(1992)  パコが盟友の危機に約8年振りのアルバム制作参加。病状が深刻ゆえジャケットは写真が使えずミケル・バルセロのイラストに。透明さを増した声に寄り添うパコのギターはいつになくソフトだ。ブレリア4曲、ルンバ2曲、タンゴ、タンギージョ、タラントの全9曲。迫り来る時を暗示する歌詞が胸を突く。発売の約2ヵ月後、肺ガンのためバダローナで客死。

【珠玉の未発表音源集〜ファン必聴のベンタ・デ・バルガス】

カマロン nuestro 公式ソロアルバムは「Potro de Rabia y miel(1992)」が最後だが、稀代のカリスマの人気は一向に衰えず、続々と秘蔵音源が発表されてきた。“カマロネーロ”の渇きを満たし続ける主要な作品群をご紹介する。
Camarón nuestro(1994)」は、1978年収録のライヴ盤2枚組。トマティート伴奏で「Flamenco vivo(1987)」と同時代だがダブリは無い。同じくトマテ伴奏のカマロン トマティート「パリ」París 1987(1997)」はパリのシルク・ディヴェ劇場でのコンサート録音。2000年ラテングラミーでベストフラメンコアルバム受賞。
Antología Inédita(2000)」は「Leyenda del Tiempo(1979)」収録曲の別テイクの数々が聴ける、リカルド・パチョンらしいマニアックな内容。
1967年夏収録の「Venta de Vargas(2005)」は、地元サン・フェルナンドの有名レストラン「べンタ・デ・バルガス」で、何と16歳のカマロンが熱唱。街道沿いのクルマやコオロギの音をバックに、弾き語りを含め全10曲。異様な臨場感も凄いが、“天才は一夜にしてならず”を実感する内容。

カマロン「アントロヒア・イネディタ
Antología Inédita
Venta de Vargas

「San Juan Evangelista'92(2010)」は死の約半年前、1992年1月25日、マドリードにて一般客前でのラストライヴで伴奏はトマティート。ややかすれ気味の声が痛々しいが、それでも唄い切る所はもはや本能だろう。
「Con Camarón(2012)」は有名ギタリストらの伴奏オムニバス10曲。サビーカス、ビセンテ、パコ・デ・ルシア、パコ・セペーロ、トマティート、フアン・アビチュエラ、ライムンド&ラファエル・アマドール、パコ・デル・ガストールら、地域・年代とも異なるタイプとの絡みが聴き所。

【DVD映像作品〜名言&名演】

舞台を降りたカマロンの性格は相当内気だったらしいが、キャリア初期のインタビューでは、見事な決め台詞を披露する。「Rito y Geografía del cante flamenco vol.1」では「純粋さ(プレッサ)は決して失われない。本人の中にあるならね」とコメント。1973年放映当時は20代前半。生家でのフィエスタに、母フアナ・クルス・カストロも登場する。
Flamencos en los artivos de RTVE-1 Camarón de la Isla」では、問題作「La leyenda del Tiempo(1979)」について「僕がこの最新作でやっているのはフラメンコ・ポップ、つまりフラメンコ。ヒターノではない。ヒターノはヒターノで、フラメンコはまた別物なんだ」と、きわめて客観的な視点の発言に驚かされる。1981年放映で、カマロンは30代。

 一方、再三触れたカマロンの見事な弾き語りは「El Angel-3 El Territorio Flamenco」で堪能できる。両脇にライムンド・アマドールとモライート・チーコを従えた豪華メンバーのブレリア。カンテに没入してグッと拳を握りしめ、思わず左手がフレットを離れてしまうシーンがいい。
 カルロス・サウラ監督の「Sevillanas(1992)」では、明らかに病魔に冒されたカマロンがセビジャーナスを唄い、マヌエラ・カラスコが踊る悲痛な映像。伴奏はトマティート、マヌエラの夫ホアキン・アマドール。

今年、カマロンの故郷カディス県サン・フェルナンドでは、没後25年を記念し、様々なイベント開催が予定されている。不世出のイスラの天才を偲ぶため、本稿が皆さんへのささやかな一助となれば幸いである。

 
2017/02/09
照会 : 1941
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