活字と音で味わう巨匠の芸!!
エル・フラメンコ・ビーベCD本10選〜
 

「人々には食べ物が無かった。何もだ!」
(La gente no tenía nada que comer. ¡Nada!)
「コンクールと愚かな審査員に飽きたのさ」
(yo he estado cansado de los concursos, y los malos jurados)
「飲むのをやめた瞬間、俺は死ぬんだ」
(En el momento que deje de beber, me muero)
「あんたは歌えるかもしれんが、弾き手は俺だぜ」
(Tú sabrás cantar, pero el tocaor soy yo)

日々の舞台裏から生まれ出る、フラメンコたちの言霊。今回の特集は、マドリードの老舗レーベル「エル・フラメンコ・ビーベ」の独自企画の中でも、ひときわ異彩を放つ「本&CD」シリーズです。彼らの本音や独特の言い回し、レッスンに便利なギター用語など、“フラメンコ・スパニッシュ”習得にも役立つ、厳選10本のご紹介です!
(※冒頭コメント主は登場順にアンソニーニ・デル・プエルト、カネラ・デ・サン・ロケ、アントニオ・エル・チャケータ、ディエゴ・デル・ガストール)

「プーロ×ボヘミアン×精肉職人」

日本の踊り手、大沼由紀の「エスポンタネア」シリーズを始め、複数の来日経験があるへレスのプーロ派、ディエゴ・ルビチ。「アルヒベ・ホンド」には、日本での評価の高さや歓待に驚いた言葉が残されています。「食事に“プシェーロ”(煮込み料理)まで作ってくれるんだ!(me hacen hasta“pushero”pa comé!)」

サンティアーゴ街のボヘミアン、ルイス・デ・ラ・ピカを描く「エル・ドゥエンデ・タシトゥルノ」。歌同様に踊りも個性的だったとは、友人の歌い手エル・モノの言葉。「ほとんど動かないんだ。両手で特殊な、非常に彼らしいブラセオをやる。ゆっくりと、敷石一枚の上でね(Despacito, en una losita)」

本業は精肉職人ながら凄腕フェステーロとして、今も語り継がれるアンソニーニの証言集「アル・コンパス・デ・アンソニーニ・デル・プエルト」。生前親しかったモロンのギタリスト、フアン・デル・ガストールはその真髄をこう看破します。「彼はアルテ(芸)を趣味みたいに持った人間だったのさ(él era una persona que el arte lo tenía como hobby)。」

「全ギタリストへ捧ぐ」

孤高と反骨のカリスマ、ディエゴ・デル・ガストールの「エル・エコー・デ・ウノス・トーケス」では、カンテ一族レブリハーノ家との親密な交流が示されます。何度も伴奏してもらったという、レブリハーノの母ペラータの回想です。「天才だったわ。わたしが一番気に入った人…(era un genio. A mí, el que más m’ ha gustao...) 」

ロス・カンテス・ミネーロス」はMP3で168曲収録された鉱山の唄(タランタ、カルタヘネーラなど)に解説や歌詞翻訳、伴奏者名にカポタストの位置等を付した百科事典的な大著。一例としてレバンティカの場合「カポ5(シ)、トーケ・デ・レバンテ…(Al cinco(Si), toque de Levante...)」。

 “ギターの王様”、サビーカスのディスコグラフィに、歴史背景と技術解説を加えた「ラ・コレスポンデンシア・デ・サビーカス」。マエストロの全ギタリストへのメッセージは「ただ、よい演奏を心がけること。それだけです(Solamente, lo que hagáis hacerlo bien. Nada más)」

「バイレ練習生と歴史ファンへ」

 イラストと実演DVD付きのバイレ練習生向け教材「プルピタリータ・コン・パサポルテ」は、エル・フラメンコ・ビーベ創業者、シルビア・マリンの一作。故郷ミラノでフラメンコに取り付かれた彼女は両親に告げます。「ママ、パパ、私スペインに行くわ(Mamá, papá, me voy a España))」

 研究家で名高いホセ・ブラス・ベガの「50アーニョス・デ・フラメンコロヒーア」は、独自の視点で長大なフラメンコ史を、全471ページに凝縮したキャリア集大成作。闘牛とフラメンコの章ではカマロンを紹介。「すでに10歳の時点で、ギタリストか歌い手、闘牛士になりたかった(Ya a los diez años quería ser guitarrista, cantaor, y torero)」

【サン・ロケとリネアの豪傑】

 苦み走った鬼瓦といったコワモテで、生涯マイレーナ主義に殉じたカネラ・デ・サン・ロケの「ポル・エル・アブラール・デ・ラ・ヘンテ」。外見と裏腹にユーモア好きな人柄でした。ガン末期に病床で目覚めたカネラは、息子に訊ねます。「さて、俺はもう死んだか?まだお前らと一緒かい?(¿Bueno, me he muerto ya? ¿Estoy con vosotros?)」

 サン・ロケから車で南へ約15分、英領ジブラルタルと国境を接するラ・リネア・デ・ラ・コンセプシオン出身のアントニオ・エル・チャケータ。「パシオン・ポル・エル・カンテ」では、戦後栄えたリネアの様子が活写されます。博識のオールラウンダーでしたが、破天荒な酒豪ぶりが命を縮めました。妻アデラの証言です。「彼は酒をやめられなかった。朝食はコニャックと一緒だったわ(Él no podía dejar de bebida, se desayunaba con el coñac)」

 ※

 スペイン語には「言葉が自身を定義する(Las palabras te definen)」という表現があります。核心を突く言葉は、彼らの目の色を変え、心を大きく動かします。これらの作品がフラメンコ人生の新たな糧にならんことを!(中谷伸一)