フラメンコ・スター物語〜栄光のディスコグラフィー〜中谷伸一<フリーライター>

 

十代からの活躍も多い早熟のフラメンコ・スターのキャリアは長く、その作品は一人のアーティストに限っても、ときに相当な数に昇る。ライヴを見て気に入り、アルバムを買ったものの、今と芸風が違ってアテが外れた、という経験はないだろうか。そんな時に役立てる、アーティスト別「名盤カタログ」のような形を、1983年創業のアクースティカが長年蓄積した豊富な資料を基に目指そう、というのが本コーナーの遠大なる野望である。全国津々浦々のアフィシオナードの皆様、求むご意見、叱咤激励!

【第2回】 サラ・バラス 「カディスのルチャドーラ」

「ソイ・カマロネーラ(わたしはカマロンファン)なんです」と、昨年マドリードのラジオ番組「オンダセロ」出演時、カンテ愛をさらりと語ったバイラオーラ、サラ・バラス。話は2015年に東京公演が実現した新作「ボセス(声たち)」にも及んだ。冒頭のカマロン(1950〜1992)を始め、敬愛する先人達へ捧げたプライベート色の強い作品だ。サラはカマロンと同郷のカディス県サン・フェルナンドで育った生粋のガディターナ(カディス人)であり、2012年初演の近作「ラ・ペパ」では、故郷が誇る「カディス憲法(1812年制定)」に扮した。代表作「狂王女フアナ」「カルメン」のようなファムファタルとは違う、“憲法”の擬人化バイレである。今や40代半ば、一児の母となったサラ。輝かしい美貌、抜群のプロポーション、強力なサパテアードに依然陰りは見えないが、次なる道の模索は始まっているのだ。

約20年前、サラが自らの舞踊団設立の前年に撮影されたのが、「フラメンコ・ウーマン」(1997)である。映画監督マイク・フィギスによるドキュメンタリーで、本番までのリハ6日間をメインに撮った異色作。サラと同じく1971年生まれのスター、エバ・ジェルバブエナとの共演が見所だ。当時二人は20代半ばだが、陰と陽、静と動と言える個性の対照ぶりが、コンパスの捉え方や重心の高低、姿勢と表情にはっきりと表れる。ビエヒン、ラモン・ヒメネスらギタリスト達との音合わせで、二人が試行錯誤しながら並んでサパテアードを打つ場面は、今となっては貴重なヒトコマだ。

「マリアナ・ピネダ」(2002)は、ガルシア・ロルカの同名戯曲が下地のストーリー作品。前述した1812年制定のカディス憲法は、その後にフェルナンド7世により無効化。こうした圧政に抵抗する自由主義派のレジスタンスの同志を、身を挺して官憲から逃がした女性がマリアナ・ピネダで、実在の人物とされる。主役のサラは髪をブロンドに染めマリアナを熱演。ホセ・セラーノがサラの恋人役ドン・ペドロ、ルイス・オルテガが官憲ペドロサ、密かに恋心を抱く年下男フェルナンドにミゲル・カーニャという三角関係。セット、衣装、カメラワークともに豪華絢爛で見応えあるが、自分に身を任せれば仲間を見逃すと迫るペドロサ役とのパレハのきわどい振付に、サラの徹底したプロ意識が覗く。ラストの絞首刑シーンも斬新だ。

「イベリア」(2005)は、フラメンコをテーマに数々の傑作を世に送り出してきたカルロス・サウラ監督の作品。スペインが誇る作曲家イサーク・アルベニス(1860〜1909)の作品群をバックに、ホタ、コンテンポラリー、バレエ、セビジャーナスからブレイクダンスまで、現代イベリアで咲き乱れる舞踊百科18幕といった趣向。サラはアルバイシンで強烈なサパテアードを炸裂させ、アストゥリアス阿妊曠察Ε札蕁璽里版傘陲淵僖譽呂鯣簣し面目躍如。エンリケ&エストレージャ・モレンテ親娘やアントニオ・カナーレス、元国立バレエのアイーダ・ゴメス、ピアノのチャノ・ドミンゲスのパルマがトマシートなど、他の出演者も個性派揃いで見応え十分。

サボーレス・サラ・バラス「サボーレス」(2007)は一転、多彩なフラメンコ曲種の味わい(サボール)を、自身の舞踊団を率いて全13場で魅せる構成。ソロのタラントとマルティネーテでは笑顔を封印し、暗く深い表現にも通暁した一面を発揮。ルイス・オルテガのカスタネットによるシギリージャも素晴らしい。特典映像には人生最初のバイレ教師である母コンチャ・バラスのインタビューや、舞踊団員と盛り上がるプライベートフィエスタも収録されている。

 フラメンコ・フラメンコ(カルロス・サウラ)20世紀屈指の名作「フラメンコ」(1995)の続編的作品、「フラメンコ・フラメンコ」(2010)で、再びサウラ監督の映画に登場したサラは、故郷カディスの定番曲アレグリアスを、コケティッシュな魅力全開で踊る。バックを飾る画家フリオ・ロメーロ・トーレス作の妖艶なアンダルーサ(アンダルシア女性)たちとの絶妙な調和が、サラの成熟ぶりを物語る。この撮影後、30代後半だったサラは妊娠を望み、一時引退を宣言したのだった。

「サボーレス」のインタビューの中で、長年の共演者である踊り手、ルイス・オルテガは、サラを「根っからのはたらき者(una trabajadora nata)」と呼んだ。彼女自身は「自分はすごくポジティヴな人間(soy una persona bastante positiva)」と自己評価する。つねに前進を求め、周囲へ絶やさない笑顔の裏には、自分自身との激しい闘いが透けて見える。彼女こそ、誇り高き自由主義の土地、カディスの闘士(una luchadora gaditana)なのだ。

 
2016/07/07
照会 : 995
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