フラメンコ・スター物語〜栄光のディスコグラフィー〜中谷伸一<フリーライター>

 

十代からの活躍も多い早熟のフラメンコ・スターのキャリアは長く、その作品は一人のアーティストに限っても、ときに相当な数に昇る。ライヴを見て気に入り、アルバムを買ったものの、今と芸風が違ってアテが外れた、という経験はないだろうか。そんな時に役立てる、アーティスト別「名盤カタログ」のような形を、1983年創業のアクースティカが長年蓄積した豊富な資料を基に目指そう、というのが本コーナーの遠大なる野望である。全国津々浦々のアフィシオナードの皆様、求むご意見、叱咤激励!

【第3回】 ビセンテ・アミーゴ「吟遊詩人への夢」

今春に3年ぶりの新譜発売のウワサが流れ、数ヵ月前には人気カンタオール、ミゲル・ポベダがその録音参加の話をSNS上で公表するなど、否応なく新作への期待が高まるフラメンコ・ギター界のスター、ビセンテ・アミーゴ。1991年のソロ・デビュー作「デ・ミ・コラソン・アル・アイレ(我が心を風に解き放てば)」以来、パコ・デ・ルシアの後継者と言われ、貴公子然とした風貌と華麗なテクニックでファンを魅了してきたビセンテも、今年で49歳。多彩なディスコグラフィーを辿り、青白く冴えた月光を思わせる六弦の響きで、盛夏の余韻に浸るのもまた、一興だろう。

【ペレ、レメディオス、メルセーの伴奏作品】

ビセンテ・アミーゴのソロ作品は、鮮烈なデビュー盤以降、ポップステイストやメロウな叙情性がフィーチャーされ、土着的なフラメンコのストレートな表現や、伝統的なパロ(曲種)に則った忠実な演奏は、本人の成熟と進化につれ減少傾向だ。世界中で人気を博す一方、一部のオールドファンが不満がるのはその点だ。とはいえ、幼少時より憧れ、2作目「ビベンシア・イマヒナーダス(魂の窓)」(1995)で共演を果たした、偉大なる先人パコ・デ・ルシアも、ジャズという異ジャンルのコラボで決定的な新機軸を見出した経緯がある。果たしてビセンテの行き着く先は――?

今回の記事執筆にあたり、ソロ&伴奏作品を改めて聴き直した。その中でも伴奏モノに、ビセンテの創作への原点が色濃く見え、非常に興味深かったので、一般的にも知名度の低いこれらの作品群からご紹介しよう。

1967年3月25日、セビージャ県グアダルカナル生まれのビセンテだが、実質的にはコルドバ育ち。いわば同郷のコルドバのベテランカンタオール、エル・ペレ(カタルーニャのルンバ歌手ペレとは別人)の伴奏3作品「ラ・フエンテ・デ・ロ・ホンド」(1986)「ポエタ・デ・エスキーナス・ブランダス」(1990)「カント」(2003)は、ソロを出す前の十代後半から絶頂期への勢いと、職人肌のヒターノ歌手のアクの強さが融合した好例だ。「ポエタ…」収録は20代前半だが、早くもフュージョン系の作曲とポエティックな詞作に手腕を発揮。ペレの硬質なハイトーンヴォイスと、ビセンテのロマンチシズムの絶妙なハーモニーが聴きどころだ。

レメディオス・アマジャ ロンピエンド・エル・シレンシオ今年3月にカンシオン集「ロンピエンド・エル・シレンシオ」(2016)を13年ぶりに発表したレメディオス・アマジャ。約20年前の彼女の出世作「メ・ボイ・コンティーゴ」(1997)でも伴奏&音楽監督を担当。ルンバ、ブレリア、タンゴといった、若きレメディオス得意の速いコンパスのヌメロに感応した、動物的でハイテンションなグルーヴが印象的。

ホセ・メルセーと組んだ記録的ヒット作「デル・アマネセール」(1998)では、全面プロデュース、作詞作曲、伴奏と八面六臂の活躍。レメディオスの制作スタンスと同様、ベース、パーカッション、女性コーラスを配し、野性的なメルセーのカンテをポピュラー風アレンジで、一般リスナーの幅広い共感を得た。異色のヒターノ歌手三人を巧みに伴奏し、すべてヒットに導いたビセンテは、プロデューサーとしても一流の嗅覚の持ち主だ。

 

【「ティエラ」での到達点】

「この作品の着想と目的は、全地球上の人々を、それぞれの音楽を通して抱擁すること。愛に国境はないのです」

 最近作のソロ第7作目「ティエラ」(2013)は、英西2カ国語によるメッセージの通り、元ダイアー・ストレイツのガイ・フレッチャー、スコティッシュバンドのカパーケリーのメンバーを迎え、ケルト音楽とフラメンコの融合を目指した。バックでブレリアやタンゴ等のコンパスを刻み、鋭角的なファルセータを挟むものの、フィドルやイリアン・パイプス(バグパイプの一種)が醸すケルト色がメインメロディーに横溢した異色作。1曲通しで純フラメンコなパロがゼロな点も、明らかに確信犯的だ。

第6作目「パセオ・デ・グラシア」(2009)では、巨匠エンリケ・モレンテとの共演や、2015年にドルチェ&ガッバーナの広告にも起用された2世闘牛士、ホセ・マリア・マンサナーレスへのブレリア、さらにニーニャ・パストーリ、エストレージャ・モレンテの参加もあり、フラメンコ的な凝縮感のある前作からの揺り戻しだろうか。ちなみにバンドネオンの初参加が注目された第5作目「ウン・モメント・エン・エル・ソニード(音の瞬間)」(2005)でも、同じく天才の呼び声高い闘牛士、ホセ・トマスへ捧ぐブレリアを、一時引退前のポティートに歌わせている。

第3作目「ポエタ」(1997)は、詩人ラファエル・アルベルティの「陸の船乗り」のオーケストラ化だが、実際の初演は1992年7月1日、コルドバのグラン・テアトロで行われた。当時のビセンテは弱冠25歳という早熟ぶり。ファンの間ではお馴染みとなったカンテの披露も、11曲目「エル・マル・デ・トゥ・センティール」の中で、ホセ・パーラとの共演で始まっている。ラテングラミーも受賞した続く第4作「シウダー・デ・ラス・イデアス(イデアの街)」(2000)では、ディエゴ・エル・シガーラやモンセ・コルテスのバックコーラスまで務めている。

実は「ティエラ」収録曲には、特筆すべきもう一つの“事件”があった。7曲目「カンシオン・デ・ラウラ」で、6分以上もの長尺カンシオンを、ビセンテ一人で歌い切ったことだ。これは全作品を通じて初めてのことで、“カンテ”への強い意志表示と受け取れる。繊細なハスキーヴォイスは味わい深さを増しており、弾き語りに対しての真剣な情熱を感じるのだ。

実際20年以上前に、ビセンテは盟友ケコとの共作で「エル・トロバドール」というレトラを、ペレのために作詞している。トロバドールとは、中世プロバンスに起源を持ち、詩作による弾き語りを生業とする、いわゆる吟遊詩人のことである。

「ボクと一緒においでよ/ボクはトロバドール/キミに贈りたい/愛のうたと友情を/一輪の花とココロを/それをキミが望むなら」

 街角でギターを抱え、ロマンチックな愛の詩を歌い、奏でること――パコの後継者という仰々しい称号より、“コルドバの吟遊詩人”のほうが、ビセンテ・アミーゴに相応しいと思うのは、たぶん私だけではないだろう。現在制作中というニューアルバムの到着を、心して待ちたい。

ビセンテ・アミーゴ作品リスト

【ソロ作品】(原題/邦題/発売年)

1  DE MI CORAZON AL AIRE/我が心を風に解き放てば(1991)

2  VIVENCIAS IMAGINADAS/魂の窓(1995)

3  POETA/ポエタ(1997)

4  CIUDAD DE LAS IDEAS/イデアの街(2000)

5  un momento en el sonido/音の瞬間(2005)

6  PASEO DE GRACIA/パセオ・デ・グラシア(2009)

7 TIERRA/ティエラ(2013)


 

【主要伴奏作品】(原題/唄い手/発売年)

1  La fuente de lo jondo/El Pele(1986)

2  POETA DE ESQUINAS BLANDAS/El Pele(1990)

4  ME VOY CONTIGO/Remedios Amaya(1997)

5  Del Amanecer.../Jose Merce(1998)

6 CANTO/EL Pele(2003)


 

【DVD&BOXSET】

1 CIUDAD DE LAS IDEAS en concierto de cordoba(2000)

※同名アルバムのコルドバ・コンサート映像

2  vivencias la obra completa de un genio(2010)

※ソロ6作品+DVDのコンプリートBOX
 
2016/11/02
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