ソニフォーク珠玉の七選〜カンテ源流の旅


インディーズの至宝
 スペインのソニフォーク社は、アフィシオナード垂涎のお宝盤を、長年市場に供給してきた個性派インディーズ・レーべルである。ガルシア・ロルカとアルヘンティニータの共演「スペイン民謡集」('94)や、今年開催100周年を迎える「カンテ・ホンド・コンクール1922」('97)は、広く一般の耳目を集めたが、本筋は何と言っても、SP盤から復刻した20世紀前半のカンテ黎明期シリーズ。アントニオ・チャコン、マヌエル・トーレ、マヌエル・バジェホといった歴史的偉人の歌唱を克明に捉えた“珠玉の七選”をご紹介させて頂こう。


ロサリアもカヴァーする名曲
 昔のカンテは堅苦しく敷居が高い――そんなビギナーの方にオススメが「グランデス・マエストロス・デル・カンテ」。スター13人の得意曲が厳選されたアラカルトは、変化に富んだ名唱揃い。1850年生まれの古老テナサスのマルティネーテも貴重な骨董だが、一押しは娘を埋葬する墓掘りを唄うミロンガ「フアン・シモン」。2020年に米グラミー受賞のポップスター、ロサリアがデビュー盤「ロス・アンヘレス」でカヴァーして有名になった。 

 彼女はマヌエル・バジェホのタンゴ「ラ・カタリーナ」も歌っており、勉強家の一面も覗く。この「ラ・カタリーナ」が入るバジェホ名演集「コパ・パボン・イ・ジャベ・デ・オロ・デル・カンテ」もスペイン歌謡からカンテホンドまで間口が広く、入門編に好適だ。




ホンドな異世界へ
 一方、玄人好みの極めつけは、マヌエル・トーレの「ラ・レジェンダ・デル・カンテ1909-1930」。“最後の野性”と異名を取ったマヌエル・アグヘータの源流である、カンテ・ヒターノの帝王。全24曲のうち、シギリージャ8曲、ソレア6曲という構成ながら、レトラに変化がある選曲が本盤の美点。現代詞の原点が多数収録の、教科書的な一枚だ。



 カンテ・ヒターノでもトーレとは異なる趣きがフアン・モハーマの「エセンシア・フラメンカ」。同じヘレスのサン・ミゲル地区出身とはいえ、モハーマはパジョ(非ヒターノ)の巨匠アントニオ・チャコンに師事し、繊細さに狂気を潜ませる歌い口。チャコン仕込みのメディア・グラナイーナはその真骨頂だ。
なお、本家チャコンのグラナイーナは、現代フラメンコギターの開祖の一人、ラモン・モントージャを特集した「エル・ヘニオ・デ・ラ・ギターラ・フラメンカ」の中に収録されている。野太い音の印象が強いラモンのギターだが、チャコンの精緻なカンテに寄り添う間の取り方は、伴奏の芸術品。モハーマやラモンは“荒々しく奔放”と形容されがちなヒターノのアルテの異なる側面を見せてくれる。


温故知新の鉱脈
 カンテ・ミネーロ、すなわち鉱山の唄をズラリと揃えたオムニバスが「カンテ・ミネーロ・イ・デ・レバンテ」。本作採録時の1900年代初期は、アンダルシア東部(レバンテ)での各種鉱山の採掘が最盛期だったゆえ、演唱の迫真性は段違い。タランタやミネーラ、カルタヘネーラのレトラが非常に限定的なのは、現在ほとんどが閉山し新詞の派生が難しいため。「エル・コホ・デ・マラガ」もカンテ・デ・レバンテ系に強さを発揮した唄い手。全39曲がほぼその系統だが、簡潔で美しいレトラが聴き取りやすい点も魅力で、タランタやファンダンゴ・ファンは満足できるはずだ。

愛蔵版豪華ライナー
 本シリーズの価値を一段と高めているのは、詳細なバイオと豊富な資料写真掲載のライナーだ。今回ご紹介の7作品はすべてフラメンコ研究家ホセ・ブラス・ベガ氏の執筆による。ホセ氏は通称「ディクショナリオ」と呼ばれた1988年初版の大作「ディクショナリオ・エンシクロペディコ・イルストラド・デル・フラメンコ」の共著者。その博覧強記ぶりは業界屈指で、アルティスタの破天荒な逸話の数々は読み物としても一級品。ほとんどがスペイン語と英語の二カ国語併記なのも、解読の助けになるだろう。ホセ氏は各アルバムの選曲にまで腐心しており、我々愛好家がカンテの源流を辿る道程を、快適にならしてくれている。それではみなさん、よい旅を!(中谷伸一)